猫の皿
ここは東京。男が、少しがっかりした顔で歩いている。男の仕事は、古道具屋。古いものを見つけて安く買い、それを売っている。今週も古道具を探しに東京へ来たが、いいものを見つけることができなかった。
―― ふー、 疲 れた… ――
男は近くの喫茶店に入って、コーヒーを注文した。今日はいい天気。外の席に座って休んでいると、店の前で猫がえさを食べているのが見えた。
男は、猫が好きではないのに、猫の頭をなでたり、膝の上にのせたりして、かわいがる。そこへ、喫茶店の店長が来て…。
店長 | 「いらっしゃいませ。お客様、かわいいでしょう? でも、そうやって抱いたら、服が汚れてしまいますよ」 |
男 | 「あー、大丈夫ですよ! 私は猫が大好きなんです! 本当にかわいい猫ちゃんですね」 |
店長 | 「ええ。でも、今は冬の毛から夏の毛に変わる季節ですし…。こら、猫! お客様から下りなさい!」 |
男 | 「今『猫!』とおっしゃいましたけど、名前は、ないんですか?」 |
店長 | 「この近くは猫がたくさんいて、名前を付けても覚えられないので…。こら、猫! 下りなさい!」 |
男 | 「いいえ、いいんですよ。私は本当に猫が好きですから。あ、店長さん、この猫、いただいてもいいですか?」 |
店長 | 「え! お客様、どうしてですか?」 |
男 | 「実は私のうちに、この猫にそっくりな猫がいたんですよ。でも、半年前に死んでしまって…。それから妻は、毎日毎日その死んだ猫の写真の前で泣いているんですよ」 |
店長 | 「そうですか…。うーん、でも…」 |
男 | 「お願いします!!」 |
猫 | 「ニャー!」 |
男 | 「あ! 今この猫も『お願いします! この人のうちへ行きたいです!』って言いましたよ!」 |
店長 | 「…そうですか。奥さんが元気になるなら…。じゃあ、大切にしてくださいね」 |
男 | 「ありがとうございます! 少ないかもしれませんが、これ…」 |
店長 | 「え、5万円! だめです、だめです! いただくことはできません!」 |
男 | 「今までのえさのお金と思って、ね?」 |
店長 | 「…そうですか、じゃあ…」 |
男 | 「あ、それから、そのえさが入れてあるお皿もいただけませんか? 猫は皿が変わったら、えさを食べなくなるかもしれませんから、ね?」 |
店長 | 「でも、この皿は汚れていますから、店の中からもっときれいで新しい皿を持って来ますね」 |
男 | 「いいえ、この皿でいいですよ。ちょっと洗って、割れないように紙で包んで、袋に入れていただけますか?」 |
店長 | 「あ、そうですね! 割れるかもしれませんから、紙の皿を…」 |
男 | 「いいえ、紙の皿はいりません。この皿でいいですよ! じゃあ、猫と一緒にこの皿もいただきますね! コーヒー、ごちそうさまでした!」 |
店長 | 「お客様、ちょっとお待ちください。その皿を差し上げることはできません。その皿は有名な店『エコーライ』の皿で、安くても20万円以上のものなので…」 |
男 | 「これが? この汚い皿が? 知らなかったなあ」 |
店長 | 「申し訳ありません。じゃあ、その猫、よろしくお願いしますね」 |
猫 | 「ニャー」 |
男 | 「え、ええ…、も、もちろん…。でも、どうしてそんなにいい皿を猫のために使ってるんですか?」 |
店長 | 「この皿にえさを入れて猫に食べさせていると、ときどき猫が5万円で売れるんですよ」 |
原案:落語「猫の皿」
文:瀬戸稔彦
写真:写真AC/瀬戸稔彦
(2022.11.22)