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(ねこ)(さら)

ここは東京(とうきょう)。男が、少しがっかりした顔で歩いている。男の仕事は、古道具屋(ふるどうぐや)。古いものを見つけて安く買い、それを売っている。今週も古道具(ふるどうぐ)(さが)しに東京(とうきょう)へ来たが、いいものを見つけることができなかった。

―― ふー、 ( つか ) れた… ――

男は近くの喫茶店(きっさてん)に入って、コーヒーを注文した。今日はいい天気。外の(せき)に座って休んでいると、店の前で(ねこ)がえさを食べているのが見えた。

―― ん!? あの(さら)は!! ――
男は、(ねこ)のえさが入っている(さら)が、有名な食器(しょっき)の店『エコーライ』の、すごく高い(さら)だと気づいた。
―― うそ! あれは『エコーライ』の(さら)! 安くても20万円…。あんなにいい(さら)(ねこ)のために…。この店の店長は何も知らないんだな…。あ、 そうだ! ――
「おい、(ねこ)(ねこ)、こっちへおいで!」
―― …来ない。名前があるかもしれない。「ミーちゃん」かな? ――
「ミーちゃん、ミーちゃん、 おー、来た来た! かわいいなあ」

男は、(ねこ)が好きではないのに、(ねこ)の頭をなでたり、(ひざ)の上にのせたりして、かわいがる。そこへ、喫茶店(きっさてん)の店長が来て…。

店長 「いらっしゃいませ。お(きゃく)(さま)、かわいいでしょう? でも、そうやって()いたら、服が(よご)れてしまいますよ」
「あー、大丈夫(だいじょうぶ)ですよ! 私は(ねこ)が大好きなんです! 本当(ほんとう)にかわいい(ねこ)ちゃんですね」
店長 「ええ。でも、今は冬の()から夏の()()わる季節(きせつ)ですし…。こら、(ねこ)! お(きゃく)(さま)から()りなさい!」
「今『(ねこ)!』とおっしゃいましたけど、名前は、ないんですか?」
店長 「この近くは(ねこ)がたくさんいて、名前を()けても(おぼ)えられないので…。こら、(ねこ)! ()りなさい!」
「いいえ、いいんですよ。私は本当(ほんとう)(ねこ)が好きですから。あ、店長さん、この(ねこ)、いただいてもいいですか?」
店長 「え! お(きゃく)(さま)、どうしてですか?」
(じつ)は私のうちに、この(ねこ)にそっくりな(ねこ)がいたんですよ。でも、半年前に()んでしまって…。それから(つま)は、毎日毎日その()んだ(ねこ)の写真の前で()いているんですよ」
店長 「そうですか…。うーん、でも…」
「お(ねが)いします!!」
(ねこ) 「ニャー!」
「あ! 今この(ねこ)も『お(ねが)いします! この人のうちへ行きたいです!』って言いましたよ!」
店長 「…そうですか。(おく)さんが元気になるなら…。じゃあ、大切にしてくださいね」
「ありがとうございます! 少ないかもしれませんが、これ…」
店長 「え、5万円! だめです、だめです! いただくことはできません!」
「今までのえさのお金と思って、ね?」
店長 「…そうですか、じゃあ…」
「あ、それから、そのえさが入れてあるお(さら)もいただけませんか? (ねこ)(さら)()わったら、えさを食べなくなるかもしれませんから、ね?」
店長 「でも、この(さら)(よご)れていますから、店の中からもっときれいで新しい(さら)を持って来ますね」
「いいえ、この(さら)でいいですよ。ちょっと洗って、()れないように紙で(つつ)んで、(ふくろ)に入れていただけますか?」
店長 「あ、そうですね! ()れるかもしれませんから、紙の(さら)を…」
「いいえ、紙の(さら)はいりません。この(さら)でいいですよ! じゃあ、(ねこ)一緒(いっしょ)にこの(さら)もいただきますね! コーヒー、ごちそうさまでした!」
店長 「お(きゃく)(さま)、ちょっとお待ちください。その(さら)()し上げることはできません。その(さら)は有名な店『エコーライ』の(さら)で、安くても20万円以上のものなので…」
「これが? この(きたな)(さら)が? 知らなかったなあ」
―― なんだ、知ってたのか… ――
店長(もう)(わけ)ありません。じゃあ、その(ねこ)、よろしくお(ねが)いしますね」
(ねこ)「ニャー」
「え、ええ…、も、もちろん…。でも、どうしてそんなにいい(さら)(ねこ)のために使ってるんですか?」
店長「この(さら)にえさを入れて(ねこ)に食べさせていると、ときどき(ねこ)が5万円で売れるんですよ」
次の日も、また次の日も、店長は(ねこ)のえさを入れ(つづ)ける。『エコーライ』の(さら)に。

原案:落語「猫の皿」

文:瀬戸稔彦

写真:写真AC/瀬戸稔彦

(2022.11.22)

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