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清水(きよみず)(やき)

今回(こんかい)清水(きよみず)(やき)をご紹介(しょうかい)します。

清水(きよみず)(やき)は、京都(きょうと)で作られている伝統的(でんとうてき)()(もの)です。もともとは清水(きよみず)(でら)周辺(しゅうへん)で作られていたことから、「清水(きよみず)(やき)」と()ばれるようになりました。しかし、今では京都(きょうと)で作られる()(もの)は「清水(きよみず)(やき)」と()ばれています。

清水(きよみず)(やき)は日本の()(もの)の中でも、特に(うつく)しくて上品(じょうひん)なことで知られています。

清水(きよみず)(やき)の大きな特徴(とくちょう)は、「()まった(かたち)や作り方がない」ことです。京都(きょうと)には()(もの)に使う(つち)があまりありませんでした。そのため、(むかし)から日本のいろいろな場所(ばしょ)から(つち)()()せていました。そして、職人(しょくにん)たちが個性的(こせいてき)な作品を作ってきました。その結果(けっか)多様(たよう)なデザインや作り方が()まれました。また、京都(きょうと)は長い間、日本の(みやこ)だったため、技術(ぎじゅつ)のある職人(しょくにん)も集まりやすい場所でした。

(つぎ)に、清水(きよみず)(やき)歴史(れきし)を見てみましょう。清水(きよみず)(やき)本格的(ほんかくてき)に作られるようになったのは、安土(あづち)桃山(ももやま)時代(じだい)(1573年~1603年)だと言われています。このころ茶道(さどう)が広まり、茶碗(ちゃわん)などが(さか)んに作られました。江戸(えど)時代(じだい)(1603年~1868年)には、野々村(ののむら)仁清(にんせい)尾形(おがた)乾山(かんざん)などの陶芸家(とうげいか)登場(とうじょう)し、清水(きよみず)(やき)技術(ぎじゅつ)を大きく発展(はってん)させました。野々村(ののむら)仁清(にんせい)(はな)やかな色や(うつく)しい絵付(えつ)けの作品を作り、特に茶道(さどう)茶碗(ちゃわん)などに名品(めいひん)(のこ)しました。尾形(おがた)乾山(かんざん)は、画家(がか)の兄、尾形(おがた)光琳(こうりん)協力(きょうりょく)して個性的(こせいてき)なデザインの作品を(のこ)しました。その()明治(めいじ)時代(じだい)(1868年~1912年)になると、日本が外国と交流(こうりゅう)を始め、清水(きよみず)(やき)も海外へ輸出(ゆしゅつ)されるようになりました。海外でもその(うつく)しさが高く評価(ひょうか)されました。また、この時代(じだい)にはドイツ人科学者(かがくしゃ)()んで、新しい技術(ぎじゅつ)()()れました。その結果(けっか)京都(きょうと)()(もの)はさらに発展(はってん)していきました。大規模(だいきぼ)な工場生産(せいさん)も始まりました。そして現在(げんざい)は、伝統(でんとう)(まも)りながら、今の時代に()わせた新しい作品も生まれています。(たと)えば、シンプルでモダンな食器(しょっき)やカラフルなアクセサリーなどがあります。

毎年10月には「清水(きよみず)(やき)(さと)まつり」というお(まつ)りがあります。このお(まつ)りでは、いろいろな作品を見たり買ったりすることができ、毎年多くの人でにぎわいます。

文:新階由紀子

画像:写真AC

(2026.2.24)

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