日本語多読道場 yomujp
色の説明(せつめい)はむずかしい
辞典(じてん)には、その辞典(じてん)にのっている語の意味の説明(せつめい)が必(かなら)ず書かれています。私は長い間国語辞典(じてん)の編集(へんしゅう)をしてきましたが、その語の意味をどう説明(せつめい)したらいいのか、とても苦労(くろう)した語がありました。それは色の名前です。色をことばで説明(せつめい)するのは、とてもむずかしいのです。
この世の中は、さまざまな色であふれています。その色をほかの色と区別(くべつ)するために、昔(むかし)の人は一つ一つに名前をつけました。「赤」「青」「黄(き)」もそうですが、日本語にしかない色の名だけで300以上もあります。
このような色の名前は、全部(ぜんぶ)ではありませんが、国語辞典(じてん)にものせています。そして、たとえば「赤」でしたら、血(ち)のような色というように、その色に近い具体的(ぐたいてき)なものを使って説明(せつめい)しています。
では、「あい色」はどうでしょう。「あい色」とはこい青色のことです。しかし「こい青色」と説明(せつめい)しても、「青色」ってなんだ、ということになってしまいます。「青色」は晴(は)れた空のような色ですが、これですぐにわかってもらうのはむずかしいのです。
「あい色」は、日本人が昔(むかし)から衣服(いふく)によく使う色でした。「あい(藍)」という植物(しょくぶつ)から作られた色の素(もと)を使ってつけられた色です。江戸時代(えどじだい)(1603〜1868年)の有名な画家、葛飾北斎(かつしかほくさい)(1760?〜1849年)が描(えが)いた『富嶽三十六景(ふがくさんじゅうろっけい)』という風景版画(ふうけいはんが)のシリーズがあります。
葛飾北斎(かつしかほくさい)
その中の一枚(まい)である「神奈川沖浪裏(かながわおきなみうら)」を見たことはありますか。手前に大きな波(なみ)と、波(なみ)にもまれる3隻(せき)の舟(ふね)が描(えが)かれ、その奥(おく)に富士山(ふじさん)が見える絵(え)です。
この波(なみ)の色が「あい色」です。
「神奈川沖浪裏(かながわおきなみうら)」
植物(しょくぶつ)の「あい」を使った色は、色のつけ方で、うすい色になったり、こい色になったりします。そして、そのそれぞれの色にもちゃんと名前がついているのです。
その中で、いちばんうすい色は「かめのぞき」といいます。「かめ」とは、「あい」の色の素(もと)が入った入れ物のことです。「かめのぞき」とは、その「かめ」の中を少しのぞいたくらいの短(みじか)い時間でつけた色という意味です。
「かめのぞき」よりも少しこい色を「あさぎ色」といいます。「ぎ」は野菜(やさい)のネギのことです。そのネギのような、少し緑(みどり)色をした「あい色」を「あさぎ色」といいます。
ネギ
「なんど色」という色もあります。「なんど」は服などをしまう部屋(へや)のことです。「なんど色」よりも少しこい色は「はなだ色」といいます。その違(ちが)いは、実際(じっさい)の色を見ればわかるのですが、ことばで説明(せつめい)するのはとてもむずかしいのです。この文章(ぶんしょう)を読んで、それぞれの色の違(ちが)いがわからないのは当然(とうぜん)なのです。
「あい」でつける色の中でいちばんこい色は、「こん(紺)」といいます。江戸時代(えどじだい)には、布(ぬの)をあい色にする商売(しょうばい)をしている店を、「紺屋」と書いて「こうや」「こんや」と呼(よ)んでいました。
この「紺屋(こうや)」という語は、「紺屋(こうや)の白袴(しろばかま)」ということわざで使われています。「白袴(しろばかま)」は白い「袴(はかま)」のことで、「袴(はかま)」は日本の伝統(でんとう)の服で腰(こし)から下につける衣服(いふく)のことです。つまり、このことわざは、紺屋(こうや)が、自分の袴(はかま)は色をつけないで、いつも白袴(しろばかま)をはいているという意味です。そこから、他人(たにん)のことに忙(いそが)しくて、自分自身(じしん)のことには手が回(まわ)らないことのたとえとして使われます。
このようなことわざがあることからも、江戸時代(えどじだい)には「紺屋(こうや)」がたくさんあったことがわかります。
文:神永曉
写真:パブリックドメイン、ColBase、フォトAC
(2022.8.2)