秋の俳句③

秋の俳句の3回目です。俳句における「秋」は、今でいうと、だいたい8月から10月のことをいいます。それをイメージして読んでみてください。

「突き抜けて 天井の紺 曼珠沙華」山口誓子
どんな様子が目に浮かびますか。まず言葉の意味を確認しておきましょう。
「天井」はこの場合、空を指します。「紺」は深い青色のことです。「曼珠沙華」は、真っ赤な花を咲かせる印象的な植物で、ちょうど彼岸(9月23日前後)の頃に咲くことから、「彼岸花」とも呼ばれます。そのため、死やあの世を連想させる、少し神秘的なイメージも持っています。「秋の空は突き抜けるように澄んでいて青く、その下には、たくさんの真っ赤な曼珠沙華が咲いている」、この句はそんな景色を詠っているのでしょう。真っ赤な曼珠沙華と、澄んだ紺色の空との鮮やかな対比が美しい句です。

この句を詠んだ山口誓子(Seishi, 1901年~1994年)はどのような人物だったのでしょうか。
誓子は1901年に京都で生まれました。一時期、東京で暮らしましたが、その後京都に戻って、1920年頃から本格的に俳句を作り始めます。最初は高浜虚子(1874年~1959年)を先生として俳句を学び、自然をテーマにした俳句を詠んでいました。同じく虚子のもとで俳句を学んでいた水原秋桜子(Shūōshi, 1892年~1981年)、高野素十(Sujū, 1893年~1976年)、阿波野青畝(Seiho, 1899年~1992年)の四人で、「ホトトギスの四S」と呼ばれ、大変活躍しました。「ホトトギス」というのは俳句の雑誌の名前です。しかし、誓子は次第に虚子のもとを離れ、都会的・近代的な素材を俳句に取り入れるようになります。これが、「新興俳句」と呼ばれる、新しい俳句を追求する運動につながっていき、誓子はその中心となって活動しました。

山口誓子
朝日新聞社, Public domain, via Wikimedia Commons
また、誓子は戦争や戦後の混乱も経験しました。その影響か、単に自然を描くだけでなく、もっと深いテーマ、例えば生と死、現実と理想などを句の中に込めるようになっていったようです。曼珠沙華という花も、ただ美しいだけでなく、死やあの世といった宗教的な意味を持っています。誓子がこの花を句に詠んだのも、人間の奥深い感情や存在を表現したかったのかもしれません。この句の他にも誓子には曼珠沙華を詠んだ句があり、誓子にとって曼珠沙華は特別な花だったと考えられます。
誓子には30代のころ、「黒の時代」と呼ばれる時期がありました。その時期、誓子は肺炎という病気になり、思うように活動できず、暗い気持ちで過ごしていたようです。その影響で心の中を深く見つめるようになり、それが俳句にも表れていたようです。そして、その暗い時期を抜け出して生まれたのが、この「突き抜けて~」の句だと言われています。誓子にとって、この句は久々に外の世界に目を向けた句だったのかもしれません。
山口誓子の記念館があります。機会があったら、訪ねてみませんか。
文:新階由紀子
画像:写真AC/ウィキメディア・コモンズ
(2025.8.29)