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(はる)俳句(はいく)

春の俳句(はいく)の4作目(さくめ)です。俳句(はいく)における「春」は、今でいうと、だいたい2月から4月のことをいいます。それをイメージして読んでみてください。

()にも()よ ()るるばかりに 春の月」中村(なかむら)汀女(ていじょ)

どのような情景(じょうけい)が目に()かびますか。意味を考えていきましょう。

()にも()よ」は「(そと)に出てみてください」という()びかけです。「()よ」は命令形(めいれいけい)ですが、強く(めい)じるというよりは、(うつく)しい月を見て心が動き、春の月の魅力(みりょく)共有(きょうゆう)したいという気持ちが()められているように(かん)じられます。「()るるばかりに」は「(さわ)れそうなくらいに」という意味で、月がとても近く(かん)じられる様子(ようす)(あらわ)しています。「春の月」は文字通り、春の季節(きせつ)(うつく)しい月です。()全体(ぜんたい)では「さあ、外に出てみてください。まるで手に()れられそうなほど近くに、春の月が(うつく)しく(ひか)っていますよ」という意味でしょうか。

「春の月」というと、どんな月をイメージしますか。春は空気中(くうきちゅう)水蒸気(すいじょうき)(りょう)が多いので、月はくっきりと見えるのではなく、少しかすんで見えます。春のぼんやりとかすんだ月を(おぼろ)(づき)といいますが、(おぼろ)(づき)(あわ)くやわらかな月の(ひかり)には、人の心をそっと外へ(さそ)()すような雰囲気(ふんいき)があるのかもしれません。(しず)かな春の夜に()かぶ(やさ)しい月、この()はそのような春らしい月の(うつく)しさを、(みじか)言葉(ことば)でうまく伝えています。

この()()んだ中村(なかむら)汀女(ていじょ)Teijo, 1900年〜1988年)は、どのような人物(じんぶつ)だったのでしょうか。汀女(ていじょ)熊本県(くまもとけん)で生まれた俳人(はいじん)です。(わか)いころから俳句(はいく)(まな)び、有名な俳人(はいじん)である高浜(たかはま)虚子(きょし)(1874年~1959年)の指導(しどう)()けました。星野(ほしの)立子(たつこ)Tatsuko, 1903年~1984年)、橋本(はしもと)多佳子(たかこ)Takako, 1899年~1963年)、三橋(みつはし)鷹女(たかじょ)Takajo, 1899年~1972年)とともに、「四T」と()ばれ、大変(たいへん)活躍(かつやく)しました。

中村(なかむら)汀女(ていじょ)

朝日新聞社, Public domain, via Wikimedia Commons

汀女(ていじょ)結婚(けっこん)して家庭(かてい)を持ちながらも俳句(はいく)を作り(つづ)け、女性(じょせい)ならではの視点(してん)()かした俳句(はいく)を多く発表(はっぴょう)しました。自然(しぜん)や家族、日々(ひび)生活(せいかつ)などをテーマにしたものが多く、(しず)かで上品(じょうひん)作風(さくふう)特徴(とくちょう)です。しかし、当時(とうじ)俳句(はいく)の世界は男性(だんせい)が中心で、汀女(ていじょ)のような日常(にちじょう)生活(せいかつ)題材(だいざい)にした俳句(はいく)は「台所(だいどころ)俳句(はいく)」と()ばれ、あまり価値(かち)がないと言われることもありました。それでも汀女(ていじょ)は「私たち普通(ふつう)女性(じょせい)職場(しょくば)ともいえるのは家庭(かてい)であるし、仕事の中心は台所(だいどころ)である。そこからの取材(しゅざい)がなぜいけないのか」(『汀女(ていじょ)自画像(じがぞう)主婦(しゅふ)友社(ともしゃ))と言って作風(さくふう)を変えることはありませんでした。意志(いし)の強い女性(じょせい)だったのでしょう。汀女(ていじょ)女性(じょせい)俳人(はいじん)活動(かつどう)(ひろ)げるためにも努力(どりょく)し、俳句(はいく)の世界で大きな役割(やくわり)()たしました。()くなる直前(ちょくぜん)まで創作(そうさく)(つづ)け、多くの人に(あい)される俳句(はいく)(のこ)しました。

文:新階由紀子

画像:写真AC/ウィキメディア・コモンズ

(2026.3.17)

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