だれが言いに行く?

あしたは可燃ごみの日だ。
私は、夜ごはんの後、アパートのごみ置き場へごみを捨てに行った。
ごみ置き場で山本さんに会った。
「山本さん、こんばんは」
「こんばんは。田中さん」


「最近、よく猫が鳴いていますね」
と私が言うと、
山本さんは小さい声で
「それ、たぶん、103号室の石川さんのところ」
と言った。
「そうなんですか? でも、このアパートは…」
猫や犬などの動物を飼ってはいけないルールがある。
「それなのに、石川さんは猫を飼っているんですか」
「本当かどうか、確かじゃないけど、みんな石川さんの部屋から猫の声が聞こえるって…」

そこへ森口さんが来た。
「こんばんは」
「森口さん、こんばんは。今、石川さんの話をしていたところなんだけど」
と山本さんが言った。
すると、森口さんが
「ああ、石川さんのところ、犬もいるようですね。この間、石川さんの部屋の前を通ったとき、『ワンワン、キャンキャン』って聞こえましたから」
と言った。

「ええーっ!? 本当?」
「石川さん、犬も飼っているんですか」
私も猫を飼いたいけど、アパートのルールを守って飼っていないのに…。

「注意したほうがいいと思います!」
私が強く言うと、
「そうね。猫や犬がきらいな人もいると思うし、廊下や階段をよごすかもしれないし…」
と山本さん。
「それに、もし犬が人をかんだら大変ですからね」
森口さんも私たちと同じ意見のようだった。


「そうなる前に早く注意しに行かないと。田中さん、お願いね」
山本さんが言った。
「え? 私が? 一人で?」
「だって、田中さんが初めに注意したほうがいいって言ったでしょう?」
「でも、私、石川さんと話したことないし、私より山本さんのほうが…。だって、山本さんはここに一番長く住んでいて、みんなのことをよく知っているし…」

「そんなことないわよ。私、石川さんとあいさつしたことはあるけど、話したことはないし…。それに、あの人いつもマスクしていて怖そうだし、注意したら怒られそうだから、私はちょっと…」
「そうだ。森口さん、お願いします。森口さんは男だし、石川さんより背が高いから、もしケンカになっても…」
と山本さんが言ったら、森口さんは
「ええーっ? ぼく、ケンカはちょっと…」
と言った。

「でも、だれかが行かないと…」
「どうしましょう」

「…じゃ、みんなで行きませんか」
森口さんが言った。
「賛成。山本さん、いっしょに行きましょう」
私がそう言ったら、山本さんも
「ええ、三人なら…」
と言ってくれた。

私たちは石川さんの部屋へ行った。
玄関のベルを押すと、マスクをした男の人が出てきた。


石川さんの部屋には、猫も犬もいなかった。
「えーっ? あれは全部石川さんの声だったんですか?」


石川さんは声優で、アニメの動物の役の練習をしていたそうだ。いつもマスクをしているのは、のどを大切にしているからだそうだ。

「すごいですね。本当の猫や犬みたいです」
「ありがとうございます」
石川さんはうれしそうだった。
直接話してみたら、石川さんは全然怖くなかった。

しばらくすると、石川さんの部屋から鳥の声が聞こえるようになった。
次は鳥の役をやるようだ。
文:牧友美子
画像:イラストAC/シルエットAC/イラストレイン
(2025.7.25)