私は、自転車屋でアルバイトをしている。自転車が好きだし、給料がほかのアルバイトよりいいし。もらった給料は、旅行のために貯金している。
店にはいろいろな自転車がある。
学校や買い物に行くときに乗る自転車、サイクリングするときに乗る自転車、子どもが乗る自転車、それに三りん車や一りん車、キックスケーターもある。
いろいろな自転車を見ながら働くのは楽しい。でも、ちょっと大変だ。一日に何回も自転車置き場から自転車を持って来たり、元のところへもどしに行ったりしなければならない。
それに、店にある自転車について何でも知っていなければならない。お客さんが来たら、どんな自転車がほしいか聞いて、その人に合う自転車を探すのが私の仕事だからだ。私は、店にある自転車について、どんなときに乗るか、どんな人に合っているか、どんなサイズがあるか、どんな色があるか、値段はいくらか、全部覚えている。
ある日、背が高い男の人が店に来た。
「いらっしゃいませ。どんな自転車をお探しですか」
「買い物に行ったり、駅まで乗って行ったりする自転車がほしいんだけど…」
「それなら、こちらはいかがでしょうか」
私は、店の真ん中にかざってある自転車を見せた。先週、店に届いたばかりの新しい自転車で、大きさもそのお客さんにちょうどよさそうだった。
「こちらは、ギアが六つ付いているので上るとき楽ですよ。前に大きいカゴが付いていますし、後ろにもカゴを付けることができますから荷物が多くても大丈夫です。色は4色あります。赤と黄色と青、それにオレンジです」
「いいね。でも、ちょっと高いな」
お客さんは、その自転車を見ながら言った。
「わかりました。少々お待ちください」
私は、急いで自転車置き場へ行ってその自転車より少し安いのを持ってきた。
「こちらは、いかがですか」
「うーん、これもちょっと高い…」
「もう少々お待ちください」
私は、そのお客さんが乗れそうな自転車で、この店で一番安いのを持ってきた。前に付いているカゴが小さいし、ギアも付いていない自転車だ。これなら買ってくれるかもしれない。
でも、お客さんはその自転車を見ても
「これも、ちょっと高いなぁ」
と言った。
「お客様、もうしわけありません。この店にはこれより安い自転車はありません」
私は頭を下げた。お客さんは、少しあわてて、ちがう、ちがう、と首を横にふって
「私がほしいのは、もう少し、タイヤが小さくて、座るところが低い自転車なん
だ。自転車に乗るのは私じゃなくて妻だから」
と言った。
「そうでしたか」
『高い』のは値段じゃなくて、座るところの高さだったのか。私はまた自転車置き場へ走った。
そのお客さんは、一番初めに見せた自転車の、小さいサイズのを買ってくれた。
「誕生日のプレゼントなんだけど、よろこんでくれるかな」
お客さんはお金を払うとき、少しはずかしそうに言った。
「この自転車なら大丈夫ですよ」
私はお客さんにレシートを渡しながら言った。
文:牧友美子
画像:イラストAC/いらすとや
(2024.6.4)
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