人間の体の部分を表す語は、人間にとって一番親しみのある語ですので、いろいろな意味で使われます。
たとえば「目」です。「目」は顔にあって、見る働きをする部分のことですが、「するどい目で見る」と言うと物を見るときの目の様子を表します。また、「見た目を気にする」のように見たときの印象の意味でも使われます。
するどい目のタカ
「頭」は、「頭がかたい」という言い方があります。実際に石のようにかたい「頭」の意味もありますが、自分で決めた考えを変えないこともいいます。その場合は、けっしていい意味ではありません。自分の考えをまったく変えない人のことを悪く言うときに使います。「がんこ」という語もありますが、これも同じ意味です。
体の部分を表す語は、ほかの語とくっついて、おもしろい意味で使われることがあります。中には、なぜそのような意味になるのだろうかと疑問に思うような言い方もあります。
たとえば、「へそが(で)茶をわかす」という言い方があります。「へそ」は、お腹の中心にある小さな穴のことです。
お腹の中心にあるへそ
「茶をわかす」は、お湯をあたためてお茶を飲めるようにするという意味です。これを「へそが(で)茶をわかす」と言うと、おかしくてたまらない、意味がない、という意味になるのです。ふつう、相手をばかにしたときに使います。
よく、「そんなことを言うと、ちゃんちゃらおかしくっておへそが茶をわかすよ」などと言います。「ちゃんちゃらおかしい」も、問題にすることもないほど意味がないという意味です。
ちゃんちゃらおかしくってへそが茶をわかす
なぜ「へそが(で)茶をわかす」がそのような意味になるのでしょうか。
「へそ」はお腹を代表する部分と考えられています。その「へそ」のあるお腹が痛くなるほどはげしく笑うと、その部分が煮えるように熱くなって、それでお茶がわくほどだということのようです。
この「へそ」を使った、おかしくてたまらないという言い方は、なぜか江戸時代(1603~1867年)の人の心をつかんだようです。江戸時代に作られたと思われる「へそ」を使った言い方がたくさんあります。
へそが笑う
へそを捩る(「捩る」は「ねじって曲げる」という意味)
などは、「へそが(で)茶をわかす」と同じ意味で今でも使います。
今は使いませんが、
へそが宿替えする
という言い方もありました。「宿替え」は引っ越しするという意味です。これも「へそが(で)茶をわかす」と同じ意味で使われました。「へそ」が引っ越しするなんてあるはずがありません。でも、そのようなありえないことが起こるほど、おかしくてたまらないとか、ばからしくてしかたがないという意味のようです。
お腹にある穴は、昔の人にはとても不思議な部分に思えて、ことばの中で使って楽しんでいたのかもしれません。
文:神永曉
写真:フォトAC
イラスト:イラストAC
(2022.7.22)